2012年 02月 27日
クロワッサンなら知っている |

「キミ、世の中には、な、
クロワッサンのかたちをしていないクロワッサンだって、
あるんだよ。」
僕は電車に乗っている。
どこへ行くのかは、分からない。
「クロワッサンだ。知ってるだろう。
月みたいな。」
どこへ行くのか分からないし、
隣に座って話しかけてくるおじさんが誰なのかも、
そういえば、分からない。
クロワッサンは知っている。
「まあ、クロワッサンみたいなかたちをしていない月もあるが、な。」
おじさんの話はつまらないし、
ほっぺたをつねってこの夢はおしまいにしようと思った。
「つまりわたしが言いたいのはね、
クロワッサンみたいなかたちをした月みたいなかたちをしていない、クロワッサンもある、
ってことなんだよ。」
そういっておじさんは僕のほっぺたをつねった。
お前がつねるのかよ。
「お前がつねるのかよ。」
は現実の世界の言葉になって、現実のほっぺたをつねられた寝起きの僕が、ハッキリと言っていた。
僕を起こしにきた彼女は半分しか笑ってなかった。
戯れのつもりでほっぺたをつねっただけなのに、
お前がつねるのかよ、じゃ、なんか腑に落ちないのも分かる。
何か言おうと思って口から出た言葉が
「クロワッサン…」
だったので、あきらめて寝ぼけた人となってぼんやりしていた。
「クロワッサンたべたいの?」
と遠くから尋ねられたので、「んー?」と答える。
寝ぼけた人は気楽だから。
気楽な人はゆっくりカーテンをあけるのだ。
まずカーテンにつかまる。ここで一旦止まる。
引きずり落としてしまわないくらいにカーテンに体重をかけておくと、けだるくてそれっぽい。
むむう、とかそのへんの言葉を小さく発してから、
腕を動かすのではなく、一歩一歩からだごと横に移動して、少しずつあける。
歩幅ずつ、眩しくなる。
日曜日。
マンションのベランダの下は、公園になっている。
「うわ、ちびっこがすげー走ってる。」
すげーたくさんのちびっこが走ってるんじゃなくて、
ひとりのちびっこがすげー走ってる。
リレー選手のように、黄色いバトンみたいなものを持っているけど、
バトンには同じく黄色い布がついていて、「横断中」と書いてある。
きみはいま横断していないし、それ持ってきちゃいけない。
ちびっこが手を高く(手が短いから低いけど)挙げると、
「横断中」はとてもきれいにはためいて、
そこまで言うなら、もう横断してるって事でいいや、と思う。
ちびっこはいつまでも走っている。
時間が経っても、目が眩しさに慣れてくれない。
ちびっこの母親はどこにいるんだろう。
ずっと眩しい公園で、ちびっこは疲れを知らないように走りつづける。
「クロワッサンいらないの?」
背後で声がする。
クロワッサン、いるいる。たべる。
寝ぼけた人は朝ごはんをたべて、そろそろ普通の人になる。
振り返りながら「何かがおかしい」と思い、
振り返りきってしまうと、また電車の中だった。
「クロワッサン知らないの?」
知っている。
クロワッサンも知ってるし、この人のことも知っている。
このままどこへ行くのかも、いまではなんとなく分かる。
電車に乗って移動だなんて銀河鉄道の夜みたいだ。
クロワッサンのおじさんは、そのクロワッサンの思い出を持っていくんだね。
じゃあ僕は何を持っていこうか。
さっきの日曜日を引きずり戻す。
窓の外が眩しくて、カーテンを掴んでて。
その前は何をしてたっけ。
外の明るさが、部屋の中の記憶をごまかすみたいに入ってくる。
彼女はたしか、寝ぼけた僕に半分しか笑ってなくて、
そっか、ほっぺたをつねってくれたんだ、僕を起こそうとして。
結局起きれなかったけど、最後にもう一度ぼんやり見えた公園では、
少年はまだ走っていた。
黄色い旗はもう持っていなかった。
by amadatasuku
| 2012-02-27 03:41

