2011年 10月 27日
あいつ、蟲笛とかもって、いけすかない |
あいつ、蟲笛とかもって、いけすかない。
都内の大学を卒業後、地方都市の銀行員になってからなのか、「あいつ」の性格はなんだか変わってしまった。
大学時代の僕とTは、あいつと3人並んでいつも、真面目に講義を受けたものだった。
代返を頼まれれば僕らは快く承諾するような、ようするにまあ、他のやつらからしたら都合の良い”しゃんとした”(見方を変えれば垢抜けない)学生だった。
学校が終わると3人いずれかの家に集まって、
彼女が出来ないとか出来そうだとかやっぱり勘違いだったとかそんなふうなことを、
慣れないビールと一緒に飲みくだしていた。
久しぶりに3人で会おうと言い出したのはあいつだった。
大学を出たあと僕とTは東京に残り、あいつは地元に働き口があると言って帰っていった。
それきりこの5年間一度もメールなんて寄越さなかったのに。
あいつは突然、かつての3人のアパートの中間地点にあった(ベンチでよくコンビニ弁当を並んで食べた)公園に今日の19時、と指定して誘ってきた。
僕とTの携帯には、3人で交わすメールの履歴と、僕とTだけのやりとりの履歴が存在し、
僕とTとのやりとりにはハテナマークばっかりが並んでいた。
なに、結婚?
でもいまさらおれたちか?
そうして18時30分にあらかじめ集まった僕とTの前に30分後、あいつはやってきた。
公園の入り口の街灯の向こうの、薄暗がりで立ち止まってこっちを見ている。
なんかひゅんひゅんゆってるけど。
あいつ、なんか笑ってる。
メールとおんなじハテナを頭上に浮かべながら僕は、さっそくどう接したらいいかわからなくなっているところに、
あれ、ナウシカのやつ。
とTがつぶやいた。
ナウシカが鳴らしてたあれだ。あれを振ってる、ひゅんひゅん。
うっすら見えるあいつの表情は、なんか自信ありげなんだけど。こっちにしてみれば頭上のハテナがどんどんふくらんで大きくなるばっかりだ。
あいつはきっとわざわざ新幹線に乗ってここまでやってきたのだ。
ハテナがふくらむ。
あいつなんであんなに自慢げなんだ。
またハテナがふくらむ。
で、なんでこっちまで近づいてこないんだ。
ひゅんひゅんひゅん。
頭上のハテナというのは、あんまり長い間ふくらんだまま放置しておくと、だんだんとイライラに変わってくる。
Tはまた小声で言った。
あいつ、蟲笛とかもって、いけすかない。
確かにいけすかない。薄暗がりであいつ、なんだかわかんないけど確かにいけすかない。
笑ってるし。
なにあれカッコつけてるんだろうか。
あいつは今、片手をスーツのポケットに突っ込み、もう片方の手で蟲笛をまわしている。
片方の足に体重をかけるようにして立って。
まわしながら、こっちを見ている。
ひゅんひゅんひゅん、
ひゅんひゅんひゅん、
まだ、こっちを見ている。
近づいてくる気配はない。
時々、ひゅううん、ひゅん。
ひゅんひゅんひゅん。
ひゅんひゅんひゅん。
まだ、こっちを見ている。
by amadatasuku
| 2011-10-27 02:27