2010年 12月 17日
トナカイ(兄)の、つくづくせつない話 |
弟はいつも言われていた。
「アンタはトナカイの鑑(かがみ)だ」と。
別に構いやしない。
かたやおれは世捨てドナカイだの、トナカイの風上にもおけないトナカイだのと言われようと、
別に、構いやしないのさ。ほんとさ。
この家の長トナカイに生まれ、
そりゃあ、ひとりっトナカイだった頃は、さんざんチヤホヤされもしたさ。
だけど思えば、皆がかまってくれたのはあの頃だけだった。
次トナカイ坊として弟が生まれてからは、
おれはすっかり蚊帳の外さ。
「アンタ、お兄ちゃんでしょ」
そればっかりだった。
両親が随分歳をとってからの子トナカイだった弟は、
おれのおさがりを着ることもなくぬくぬくと(や、といっても寒いんだけど)育ち、
学校に上がってからはスポーツ万能、容姿端麗、おまけにフィンランド語までなんとなくだけど分かるときたもんだ。
ソリを引くのも抜群に上手かった。あいつが中学三年の時、学年を代表してニコラウスさん(註・サンタクロースのこと)の家を訪問したときの、両親の誇らしげな顔!
そのあとはもう、
よく研いだ二枚刃のソリが描く軌跡のようにまっすぐに、いわゆるエリートコースってやつを辿っていったさ。
トナ高、トナ大をともに主席で卒業、あまたある外資系企業からのヘッドハンティング、失礼、入社の誘いを断り(註・トナカイの社会では「ハンティング」はNGワードだ)、親のそばに居てあげたいと言って地元のトナ二銀(トナカイ第二銀行)に就職、よくは知らないが今ではなにやら、若くして社の要職に就いているそうだ。
知ったものか。
おれはいつだって一頭ぼっちさ。今に始まったことじゃない。
あいつが課長になろうと部長になろうと、頭取になったって、
いまさら家族がなんだっていうんだ。
じっとヒヅメを見る。
しかしパチンコばかりじゃ、そりゃたしかに生活なんて楽になりゃしない。
冬の夜は体にこたえる。
暖炉のそばで過ごした、家族とのなんでもない団らん。
オーロラを見上げては、おぼろげな記憶を重ねる。
もう手の届かない、あたたかった思い出も、
いまではときどき夢だったような気さえする。
オーロラは、一段と冷え込む夜にあらわれる。
おれは一頭ぼっちさ。
もうずいぶん昔から。
そうさ、まだほんの小さかった頃から。
知ったものか。
知ったものか。
力にまかせて、無意識に足元に掘った穴。
雪の合間に見える永久凍土。
文字通り永久に解けることはない底と、
見上げた大空を自由に舞うオーロラを交互に眺める。
あたりはトナカイっ子一頭見えない、月明かりだけの静かな薄闇。
おれは、一度だけ、
たったの一度だけ、
月に向かってグルルルと喉を鳴らすんだ。
おれは、
さみしくは、
ない。
見上げる月を、おれの視界を、横切って消えるオーロラ。その残像。
それだってひょっとしたら、もう夢だったかもしれないと思い始めている。
弟はいつも言われていた。
「おまえはトナカイの鑑だ」と。
おれは前脚をたたんで、目をとじる。
夜が明ければ太陽がのぼる。
たったひとつの太陽が。たったひとつの月の代わりに。
誰だってひとりさ。
そうだろう?
そうさ、きっとそう。
きっとそうにちがいない。
主席も頭取も、「トナカイの鑑」だって、おれはまっぴらごめんさ。
願い下げだね。
おれはさみしくなんかない。
目をとじればほら、月もオーロラも、全然見えやしないじゃないか。
by amadatasuku
| 2010-12-17 23:59