
あいつ、蟲笛とかもって、いけすかない。
都内の大学を卒業後、地方都市の銀行員になってからなのか、「あいつ」の性格はなんだか変わってしまった。
大学時代の僕とTは、あいつと3人並んでいつも、真面目に講義を受けたものだった。
代返を頼まれれば僕らは快く承諾するような、ようするにまあ、他のやつらからしたら都合の良い”しゃんとした”(見方を変えれば垢抜けない)学生だった。
学校が終わると3人いずれかの家に集まって、
彼女が出来ないとか出来そうだとかやっぱり勘違いだったとかそんなふうなことを、
慣れないビールと一緒に飲みくだしていた。
久しぶりに3人で会おうと言い出したのはあいつだった。
大学を出たあと僕とTは東京に残り、あいつは地元に働き口があると言って帰っていった。
それきりこの5年間一度もメールなんて寄越さなかったのに。
あいつは突然、かつての3人のアパートの中間地点にあった(ベンチでよくコンビニ弁当を並んで食べた)公園に今日の19時、と指定して誘ってきた。
僕とTの携帯には、3人で交わすメールの履歴と、僕とTだけのやりとりの履歴が存在し、
僕とTとのやりとりにはハテナマークばっかりが並んでいた。
なに、結婚?
でもいまさらおれたちか?
そうして18時30分にあらかじめ集まった僕とTの前に30分後、あいつはやってきた。
公園の入り口の街灯の向こうの、薄暗がりで立ち止まってこっちを見ている。
なんかひゅんひゅんゆってるけど。
あいつ、なんか笑ってる。
メールとおんなじハテナを頭上に浮かべながら僕は、さっそくどう接したらいいかわからなくなっているところに、
あれ、ナウシカのやつ。
とTがつぶやいた。
ナウシカが鳴らしてたあれだ。あれを振ってる、ひゅんひゅん。
うっすら見えるあいつの表情は、なんか自信ありげなんだけど。こっちにしてみれば頭上のハテナがどんどんふくらんで大きくなるばっかりだ。
あいつはきっとわざわざ新幹線に乗ってここまでやってきたのだ。
ハテナがふくらむ。
あいつなんであんなに自慢げなんだ。
またハテナがふくらむ。
で、なんでこっちまで近づいてこないんだ。
ひゅんひゅんひゅん。
頭上のハテナというのは、あんまり長い間ふくらんだまま放置しておくと、だんだんとイライラに変わってくる。
Tはまた小声で言った。
あいつ、蟲笛とかもって、いけすかない。
確かにいけすかない。薄暗がりであいつ、なんだかわかんないけど確かにいけすかない。
笑ってるし。
なにあれカッコつけてるんだろうか。
あいつは今、片手をスーツのポケットに突っ込み、もう片方の手で蟲笛をまわしている。
片方の足に体重をかけるようにして立って。
まわしながら、こっちを見ている。
ひゅんひゅんひゅん、
ひゅんひゅんひゅん、
まだ、こっちを見ている。
近づいてくる気配はない。
時々、ひゅううん、ひゅん。
ひゅんひゅんひゅん。
ひゅんひゅんひゅん。
まだ、こっちを見ている。

自分が外出したあとの、
家のなかの様子を想像することがあります。
自分が居ないあいだも、
部屋の花瓶はテーブルの上にあって、
目覚まし時計ならばベッドの横にあり続けます(きっと)。
自分の目に見えない場所は、見えないあいだ消えてなくなるのではなく、
誰にも見られていなくても、そこ、はそのままありつづける、
それがなんだか不思議でもあり、
ちょっと思い直せば当たり前のことでもあり。
僕が電気を消して鍵をかけて外出した、誰もいない部屋では、
車の音や、学校からの帰り道にはしゃぐ子供たちの声なんかが、ドアの外から漏れ聴こえていて、
カーテンの隙間からは少しだけ、光が入ってきていたりするんでしょう。
あとはなんにも起こらない。
なんにも起こらないのに、誰にも見えてはいないのに、ようするに、誰もいないあいだだけなくなっていても何も問題はないのに、
部屋は、けなげにずっと(きっと)そこにあります。
誰にも見られていないのにきちんとある部屋の様子を、
煙のように僕はそこにそっとたちのぼり、ものたちに気付かれずに眺めてみたいな、と思うんです。
何も起こらない薄暗い部屋に、遠くから子供たちの遊ぶ声が聴こえてきても、
鍋も目覚まし時計もハブラシも、僕が居なくなる前にあった場所にそのまま律儀に、ある様子を。
目覚ましの
後ろ姿の たたずまい
気球を見上げる 公園の声

2008年頃から2010年頃までにウェブ上に綴った文章と写真をまとめました。
このジンの値段は、手に取った皆さんが決めてください。
1円でも100円でも500円でも1000円でも2000円でもいくらでも結構です。
集まったお金は全額、東日本大震災の被災地である宮城県東松山市へ寄付させていただきます。
僕(天田)がボランティア活動でお世話になっている土地で、近くには日本三景の松島や、奥松島などがある、とてもきれいなところです。
くわしいところは、こちらで↓
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