
K「わたしの国では、17になるまで、頭の上にフンパカを乗せることは許されません。」
僕「その、フンパカというのは?」
K「平たく言うと、クロワッサンです。」
僕「クロ…」
K「ワッサン。」
僕「…ワッサン。」
K「クロワッサン。」
僕「…あなたの言うクロワッサンというのは、僕の知ってるあのクロワッサンでしょうか。」
K「そうです。あなたの国でも乗せるでしょう、あのクロワッサンです。
あなたの国では、何歳になったら乗せられるのですか?」
僕「僕の国では、クロワッサンは頭の上には乗せません。」
K「え? クロワッ…サ…」
僕「クロワッサンは。」
K「クロ…」
僕「乗せません。」
K「いくつになっても?」
僕「いくつになってもです。」
K「なぜ?」
僕「なぜって、じゃああなたの国ではなぜ、17になると頭の上にクロワッサンを乗せるのですか?」
K「それは一人前の大人になった証です。
あなたの国ではなぜ、いくつになってもクロワッサンを乗せないのですか?」
なぜ、と訊かれると、僕はどう答えたら良いのか分かりませんでした。
やがて、さああなたも、という顔をして彼がクロワッサンを手にこちらへ歩み寄ってきたとき、僕は仕方がないからクロワッサンを乗せられてみようかという気持ちになっているのに気づいたのでした。
それが、僕がクロワッサンを頭に乗せるようになったきっかけです。
あなたもどうです?頭の上にクロワッサンを。
できる大人のステータスとして。
さあ、あなたも。

夢に大好きな幼なじみたちがでてきた。
グラウンドを何周もぐるぐる、みな同じ向きに円を描いて走るのは、時間が流れていく様子に似てた。
だれひとり反対向きには走らない。時間は絶対に戻らなくて、とりかえせない。
ぐるぐる走るこどもたちは、やがてバターになるわけでもなく、天使になって空にとんでくわけでもなく、たっし、たっし、と音をたてて淡々とグラウンドの砂をけり、時間は彼らの背中のうしろへ送られていく。
気づけばもう何周目だろうな、誰もゴールをしない。彼らの背中は何度も何度も遠ざかり、一周して戻ってきたときにはさっきとは違う時間が流れている。同じ時間にはもうすでに、手が届かなくなっている。
でも、
走れ、走れ、少年。僕は君のかわりに、君が置いてきた過去の時間を憶えておく係だ。君は君で走ることに集中すればいい。走る少年はバターでも虎でも、まして天使であるわけもなく、それはやっぱり僕自身だと僕ももう分かっている。
僕らはいつでも、いまの時間をどんどん流していかなきゃいけない。
けど、流れていく時間にも目をこらして、大事にしておかなくちゃいけない。
シンプルだけれどむずかしい。少年時代に限らず時間はいつでも、僕らの希望よりもちょっと速めに流れてしまう。それを認めなきゃいけない。うまく憶えておかなきゃいけない。単純なことだけど、なかなかむずかしい。
大人になったらそれもうまくできるようになるのかな。
とか言ってちゃいけない、っていう話なんだよね。

とあるお店に行ったら店員さんが「サービスです」といって、どういうわけだか、サイコロを振って出た目の数だけ、この籠のなかから好きな駄菓子をとってください、と。ひとつもいらない場合は何を出せばいいんだろうと思ったけれど、これも彼らの善意かと思うと断われないので「おっ」とか「へえ」とか言いながらサイコロを振る。
というのが一週間前。そういうわけでウチには今、6つも駄菓子が置いてある。テーブルの上におもむろに。窓際だから夜中とか、下手したら月に照らされたりとかしてやんのな。いらない駄菓子、僕はいつになったら、あなたたちを捨てても良いのでしょうか。
良心の呵責。冬の月。部屋の電気を消したらやっぱり、今日もちゃーんと薄明かりに照らされてんの。
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