「amadatasuku.com」のブログ

<  2010年 10月   >この月の画像一覧

土曜日


川に沿って歩く
対岸から
声もふうせんと同じように
風にのって移動してきてしまう不思議

目には見えないものが
とおくから
ほんとは届く筈のないところまで届いてしまうから
不思議だな
土曜日
川に沿ってまだ歩く
by amadatasuku | 2010-10-16 23:59 | Trackback

ヒモ


朝飲み残したコーヒーでしょ、お昼のお味噌汁でしょ、あとベスパのガソリンタンクでしょ、でガソリンついたまま財布の小銭入れの中でしょ、あと洗ってる途中のお椀のなか!
これ今日僕のパーカーの、フードをきゅっとする紐がポチャンと入ってしまったところ。
ま、結局最後は洗剤たっぷりの中に入ったからいいけどさ。や良くないけどさ。
季節が、もうほら、変わりましたよ。すっかり。パーカーの紐の季節です。パーカーの紐に気をつけるのです。
慣れない紐を、明日はあしたの紐を、ぷらぷらさせて歩きますよそれはもうてくてくと。
by amadatasuku | 2010-10-12 23:59 | Trackback

灯り


遠い記憶を思うときに、一緒に逆光を思い描くのはなぜでしょうか?

大切な思い出は自分の記憶のなかにあるはずなのに、見えそうでうまく見えない。聴こえそうでよく聴こえない。感覚のほんのすこし先にいつもあります。

一緒に逆光を思うのは、思い出にはそんなふうにかたちがなくてさわれないのが、ちょうど光みたいだからでしょうか?


目の前で掴むことができるいま現実のできごとを思い出とは呼ばないし、
掴めないほど遠くにいってしまってはじめて思い出と呼ぶんだから、そりゃあ手がとどかなくて当然か。


今日はおまつりに行ってきました。
おまつりの日だけは、
どこだか見えない遠くから聴こえるお囃子の音や、よく知らないずうっと過去に生きた人の気配や、そういう遠くのいろんなものがぜんぶ、縁日のあちこちから僕たちを照らすまぶしくて赤い光にまじってなんだか、さわれないはずの誰かの思い出の中にいるみたいな気持ちになりました。
by amadatasuku | 2010-10-11 23:59 | Trackback