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  • ワルい一味③
    [ 2010-09-27 23:59 ]
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    [ 2010-09-23 23:59 ]
  • ワルい一味②
    [ 2010-09-14 23:59 ]
  • ワルい一味
    [ 2010-09-10 23:59 ]

ワルい一味③



シャム猫、今日も高級まぐろを待つ。
彼女のために毎朝取り寄せられるその新鮮なまぐろは、
賭博場のなんだとかで主人が儲けた、黒いお金で買って来るのだと、ほんとうは知っている。

イノシシ、野山を駆け巡る。
彼らが目指しているのは、どこか人目につかないところ。
さっき彼らのうしろで仲間の一匹が猟銃で、ドン、と仕留められてしまったからだ。

山賊の一味、今日もふもとの畑を荒らす。
旅人からせしめた自慢の猟銃で狩ったイノシシ肉に、野菜を添えてグツグツおいしい鍋に仕上げるのだ。
なにしろ彼らは都会の知的なワルよりももっともっと、そりゃあ相当なワルなのだきっと。

先祖、とうがらしの製法を代々伝える。
伝統のイノシシ鍋にとても良くあう絶妙な辛さと、その奥にあるわずかな甘み。
秘伝、秘伝、と言いながら、結局ドジな子孫が山のふもとで口をすべらせてしまうのではあるが。

店長、ワゴンセールを実施。
かき氷シロップもゆずポン酢も、麩も一味とうがらしもおもちゃ付きのお菓子さえも、安売りのワゴンに十把ひとからげだ。
定価でも売れないものは多少値引きをしてでも在庫を処分、それがこの店の長としての当然の責務なのだ。

こども、くえないくせにとうがらしをかける。
結局流しに捨ててしまうその安物のとうがらしにも、山賊やその先祖や無念のイノシシやひょっとしたら優雅なシャム猫の、
いろんな想いや苦労やものがたりが詰まっているということを、あなたも知るべきだ。

それが七味とうがらしである場合をのぞいて。
by amadatasuku | 2010-09-27 23:59 | Trackback

次第に


よくばりなもので、長袖が着れる!なんつってるともうシャツじゃなくてパーカーとかが着たいし、そうすると次第にコートが着たいし、僕もう、マフラーぐるぐる巻きたいもんね。
明日はどんな天気になるかな。
明日はどんなに寒いのかな。

ちぢまれちぢまれ、温度計を何度も眺めます。

季節はいつも次がたのしみです。

温度計の赤い部分が、何度みても、なかなかちぢまないのです。
by amadatasuku | 2010-09-23 23:59 | Trackback

ワルい一味②


言うなれば、「中」の「上」、というものでしょうか。
わたしのボスは、もちろんわたしから見ればそれはそれはたいへんな悪党なのですが、
このまんまるい地球を目を皿にして眺めてみれば、もっともっと悪い人というのはいるものです。
もっともっと悪い人というのはストライプのはいったスーツを着たり、太い葉巻を吸ったり、たくさんの愛人や外国の猫を愛でたりしながら、賭博場のあれをこれしてしまいたまえとかコホンとかエヘンとか。そういった悪いことを言い、ソファーはふかふかなのだそうです。
そんな悪い悪い人たちに比べれば、わたしのボスや手下の我々は、ちょっと悪い程度の悪党です。
我々の仕事はナワバリの山を点々としながら峠に隠れ、そこを通る行商人や旅人を襲い、金品や食料を巻き上げることが中心です。成果はまあ、日によって五分五分といったところ。いや、なあに、あまり深くは問い詰めないでください。我々も人間、時折ミスもする、ということです。ミスをして逆に金品を巻き上げられたりといったことが、二度に一度ある程度のことですよ。
裏を返せば二度に一度は罪もない人びとから大切なものを略奪するわけですから、やはり我々は、程度こそあれですが、れっきとしたワルと言えるわけでしょうね。コホン。
そんなワルい我々の愉しみといえば、仕事のあとのごちそうです。山に住む一番のワルと言われるイノシシを銃で狩ったその肉を、ふもとの畑からそれはそれは強引に略奪してきた野菜(なんせワルですから)と一緒に煮た、我々一味特製の鍋。これが格別にうまいのです。
そこでさらに。さらにですよ。我々一味の先代から代々伝わる、このとうがらし。こいつをひと振りその鍋にしてやるわけです。そうするとピリリと辛い、言ってみれば一段とワルい味になるわけです。ええなんだかよだれが出てきますわな。
しかしまあ便利な世の中です。我々が秘伝にしていたはずの、この一味特製とうがらしが、今ではふもとのスーパーマーケットなんかでも簡単に手に入るそうではありませんか。情報化社会というやつですか、なんでも情報というのは外に伝わってしまうのですね。
や、わたしはなにも、我々一味のとうがらしを、市民には食べさせたくないと言ってるわけじゃあないんです。ただね、もしあなたたち市民の食卓に一味とうがらしが上がるような時には、ほんの少しでいいので我々一味のことを思い出していただきたいのです。そして我々の先代が苦労を重ねて作り上げたその味に、感謝のような気持ちを、先代、ありがとう、という気持ちをですね、少しでも持ってもらえればと、そういうことを言いたいのです。

いやなに、七味とうがらしの場合はもちろん結構ですけれども。
by amadatasuku | 2010-09-14 23:59 | Trackback

ワルい一味


世の中には、ワルいひとたちがいます。
一番ワルいひとは葉巻などを吸い、ストライプのはいったスーツなどを着、愛人をめで、シャム猫もめで、賭博場のなんだとかがどうだとかといったワルいことを言ったりします。ソファーはふかふかです。
一方、ワルいひとたちの中にも、そんなにワルくないひとたちがいます。そんなにワルくないひとたちは峠に隠れ、旅の途中のひとたちを脅して金品を巻き上げようとしますが、逆に巻き上げられてしまったりといったおっちょこちょいをします。(このへんから妄想なのはお分かりですね?)
おっちょこちょいの一味は、イノシシをつかまえて、鍋にしてたべます(もちろん口のなかを火傷したりします)。鍋には、山のふもとの畑からくすねてきた野菜(なんせワルいやつですから)も、たくさん入ります。味の決め手は、胸元のポケットからサッと取り出したとうがらしです。これをひと振りするだけでピリリとして、がぜんワルそうな味になるのです。
「一味とうがらし」は、そんなワルい一味の自慢のとうがらしに由来しています。
便利な世の中です。かつてワル〜い一味だけが振りかけることができたこの「一味とうがらし」は、今ではこうして、皆さん食卓にも上がるようになりました。しかしもし、ワルい一味がいなかったら。我々は、一味とうがらしを知らずに過ごすことになっていたわけです。
ですから、一味とうがらしを使うときには、どこかの山のどこかの木かげでイノシシ鍋をほおばる、ワル〜い一味のことを思い浮かべましょう。そして、一味の皆さんありがとう、という気持ちで振りかけることが大切なのです。

※七味の場合はだいじょぶです。
by amadatasuku | 2010-09-10 23:59 | Trackback