
ブロッコリーを茹でようと思ったのです。
お鍋にお湯を湧かして、塩を入れて、
お湯が湧くまえに切らなけりゃと、ブロッコリーを手に取ったとたん、自分が小さくなる錯覚。いつも通りのこと、自分よりも何倍も大きなブロッコリーの木陰に、小さな自分の身を置いてしまう悪い癖。
思えば気味の悪い緑色の幹。深い深いブロッコリーの森。設定上、当然日没まで残り時間は少なく、巨大なリスが木立(ブロッコリー)の上から空をさえぎるようにしてこちらをのぞいています。カリカリカリ。リスの歯ぎしりが森(ブロッコリー)に太く響いて降ってきます。黒目しかないみたいな目は焦点を定めていないように見えるけれども、僕を見ているということはひしひしと肌で分かってしまいます。
焦ってポッケをもぞもぞして、やっとの思いで方位磁石を取り出しますが、方位がわかったところでどうしようもなく、なぜ方位を計ったんだろうと思いながら磁石をまたポッケに戻します。
リス、動くなよ。追ってくるなよ。しぶしぶ、かつ、そうっと歩き出します。
幸いリスは目で追うだけで、僕についてくる様子はないようです。ほっ、としたのもつかのま、真横の木々(ブロッコリー)がガサガサガサ!横の木立に振り向いて、また正面に視線を戻したら、あーあ、目の前をふさぐリスの大きな脚!
逃がしてくんないのね。カリカリカリ。カリカリカリ。立ちふさがるだけで何もしてこないリス。どこにも動けない僕。大きなリスと、その保留の意図を分かち合うことができないまま、ああ、今頃お家では、そろそろ晩ごはんの時間だ。いいな。とか思うのです。
ざばざばざば。切ったブロッコリーをお鍋に入れます。そうやって森は、唐突に消えてしまいます。日没もリスもなんのその。僕の勝ち。

ががごん。
おっとこれはいつかの夏休みだな。
記憶の中の僕は自動販売機でコーラを買っています。なぜなら飲みたいから。
飲みたいのはほんとなんだけど、まるまる一本は、いつも飲みきれない。
炭酸でおなかがいっぱいになってしまうし、げっぷがでてもうやんなっちゃうし。
なにより夏休みの時間の中で、缶で片手がふさがっているのはとてももったいないことだ。いつどこで面白いことが持ち上がるか分からない。とっさにポッケをまさぐるのにも、自転車をこぐのにも、エアガンを持ち替えるのにもリュックを開けるのにも、片手のコーラは絶対に不利。友達が突然走り出したら出遅れる。波打つコーラの水面を気にして走ったあげく、どうせこぼれてべとべとになる。
そんなわけで飲みきれなかったコーラはどぶに流してしまいましょう。
ごぼごぼごぼ。缶の中へ空気が、コーラを押し分けるようにして入っていきます。その振動をもったいない気持ちで感じ取ります。もうおそいけどね。
大人になっていまちょうど冬を過ごしている僕は乾燥にめっぽう弱く、めぐすりをさしながらそんな情景を思い浮かべていました。
めぐすりは容器の先で、雫にちぎれて落ちてきます。
雫ひとつぶんのめぐすりと引き換えに吸いあげられる、雫ひとつぶんの空気が、容器の中でこぽ、と音をたてるのをなんとか聞けないものかと、目をとじて耳をすませました。今思うとまあ当然なんだけど、めぐすりはまぶたの上に落ちてきました。

引越し準備。
もう東京で暮らして11年目。引越しももう何度目?荷物まとめにだって慣れたさ。
コツは過去を振り返らないこと。引き出しの奥から出てくる写真や手紙には注意。
この箱にはたしか手紙が。この箱にはぎっしり詰まったL版の(なつかしい!)写真が。しかしこちとら引越し上級者。気分は板垣退助みたいに立派なひげをたくわえているぐらいの上級具合。写真や手紙なんかにはそうやすやすと捕まらないのさ。とブツクサ言いながら眺める懐かしい写真たち。せつない思い出のはずが、前より少し微笑ましさを混ぜて読み返せる手紙たち。
慣れたのは押し寄せてくる懐かしさや切なさや、その他もろもろどうしようもない感情への対処だけ。
でもそういう時間のために、捨てないでとっておく荷物というのは、あるんだよね。
今日も気持ちよく晴れた、いいお天気です。
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