
お湯を沸かしていたら、小学校の職員室にいた、先生ではない、棚橋さんというおじさんのことを思い出した。そのひとはおかしな人で、「○○○してくれたら、犬の鼻毛あげるよ」といって、犬の鼻毛と引き換えにいろんな頼み事をしてくるのでした。花の水やりとか。あの先生を呼んできてとか。
結局犬の鼻毛はもらえないんだけど、それでも今度こそは犬の鼻毛をもらえるように!とがんばって仕事をこなしたものでした。
変わったおじさんだなとは思っていたのだけど、ふとこうして思い返すと変わっていたのは犬の鼻毛をそこまで欲しがった僕らのほうで、湧かしたお湯で紅茶をいれながら犬の鼻毛のことを思うと、紅茶が犬の鼻毛味になるような気がしてきて、必死に忘れようとするのだけど無理だったので紅茶はヤメにしちまいましたよ。
しかしそもそも犬に鼻毛なんてあるのだろうか。そもそもあのおじさんは先生でもないので職員室でなにをしていたんだろうか。そもそもそんなおじさんほんとうに居たんだろうか。
呼吸の仕方を頭で考えすぎるとうまく呼吸できなくなるみたいに、指の動かし方を考えすぎるとうまく動かせなくなるみたいに、記憶というのも開けたり閉じたりしてるとそのうち本当の記憶かどうだか怪しくなってくる。思い出をきれいなままとっておくには、思い出さないのが一番いいのじゃないかと、思い返せば思い返すほど思い出というのは手あかがついて汚れていくのじゃないかと思えてきて、そんな本末転倒加減にいよいよどうしたらいいやら分からなくなってきたので紅茶でも飲んで落ち着こうかとも思ったら、そうだまだ紅茶をいれると犬の鼻毛味になるんだった。
ふむふむどうしたものかねえ。といった日曜日でした。
おやすみなさい。

夜中、ちょっとそこまでだからいっかと思って、鍵はかけずに家を出た。
下半分に少し足りないだけ光った中途半端な月だな。
出掛けたのは、羊かんがどうしても食べたくなったから。なんで羊かんなんだと自分で思いながらマフラーを巻いて、外へ出たら思ったほど寒くなかった。
誰もいない街を歩くつもりで来たのに、深夜に帰宅したひとたちがまばらに歩いてた。
羊かんはコンビニを2件回ってもなかったので、意外と売ってないものなのだなと思って入った3件目にはちゃんとあった。
買ってしまうと、羊かんそんなに食べたくはないなと思った。
けど散歩は出来たなと思った。
可もなく不可もない温度の風が吹いたので、煮え切らない、と思った。
「きれいな月だよ」と歌が聴こえたのはイヤフォンをみみに突っ込んでいるから。
月は。そうでもないよ。
悪い気分でもなければ、良い気分でもない。
靴音を
なでるだけの沼
にじむ声
温水プールを
照らす橙(だいだい)
< 前のページ次のページ >





