
お昼をそとのお店でたべて、出かけました。
土曜日です。
お好み焼きにしました。
おなかもいっぱいになってふらふらと商店街をふらふらしようと思ってふらふらしていたのですが、北風ふきすさぶ、ふきすさぶだっけ?ふきすさむだっけ?いまやどっちだっけかわからなくなりましたが、北風がそれするなか、ふと頭のあたりが寒いなと思って、さっきのお店に帽子を忘れてきたことに気づいたのでした。
帽子は肌着いちまい分のあたたか効果があると言われています。(まめ知識)
そういうわけで来た道をくるりお好み屋さんに辿り着いてみると、さっき座っていた席に「おとうさんとちびっこふたり」という土曜日らしいメンバー構成がじゅーじゅーとお好み焼きを制作しており、「あのぅ」と、帽子が置いてなかったかな風なことを尋ねてみると、ちびっこその1(おんなのこ)が、おそるおそる、といった感じで、座布団代わりにしていた僕の帽子を自分の胸元まで取り出して、もうしわけなさそうにするのでした。
うんうん、きっとほんとに座布団だと勘違いしたんだと思うんだ。やわらか素材な帽子だし。や、ほんとに。
自分の間違いに気付いたからって、そんなもうしわけなさそうにしないでよこっちがもうしわけなくなるじゃんよと思っているところにちびっこその2(おとこのこ、たぶん弟)が、
ゆかちゃん、ぼうしおしりのしたにしいてたぁ!!!
と鬼の首をとったかのように叫ぶので、おいこらお前なに言ってんだよけいなこと言うなボウズといった思いで胸がいっぱいになりつつ、ちびっこその1(ゆかちゃんというらしい)ができるだけもうしわけない思いをしないように、最大限の努力を僕の顔に集中させて、めいっぱいの「なんでもなさそうな顔」をしてみたのだけど、
なんつうかさあ、
大人(ぼくら)のやさしさって、遠回しだよねえ。
と思ったよ。
お好み焼きはおいしかったちなみに。

僕の視線の先におばさんがいて、休憩中の同僚とおぼしき、となりの若い男の子にすごい勢いで話しかけている。うちの息子の弁当がどうだとか。
おばさんの背後の窓からは公園が見えて、公園には一匹の犬。
ほんとうならばおばさんは、今すぐ僕に気付いてレジを打ってくれなきゃ困るんだけれど、郊外のコンビニでは時々こうして、僕らお客さんは店員さんに完全に無視された格好になってしまうことがある。
お客さんの存在に気付かず、若い店員の無関心にも気付かない様子で、今度は息子が欲しがっているパソコンの話をはじめるおばさん。レジで待つ僕。窓の外に犬。立派な犬だけれど、僕はむしろこんな血統書付きのおばさんは久しぶりに見たな。と思ったよ。

他人のはなうたというのは、自分が気分がいいときにはとてもいいうたに聞こえるし(うたの上手下手とは関係なしに)、自分の気分がわるいときにはすごく邪魔に思えたりする、なんだかこう、価値のやわらかいものです。
しかし自分のはなうたとなると、つまりはなうたをうたっている本人にとっては、それはかなり手堅く気分のいいもので、他人がどんな気分で聞いてるかなんてしったこっちゃないものですよね。
最近気に入ってはなずさんでいるうたがあって、今日も上機嫌でお風呂でうたっていたのですが、お風呂の蛇口からしたたる水滴のリズムに合わせてピチョンピチョンとうたっていたら、初めてその曲が3拍子だったことに気付いたりして、いままで散々うたっていてそれに気付かなかった自分にびっくりしました。うん、タッタ。うん、タッタ。一定のリズムでしたたり落ちる水滴の連続が、3で約分されながら床ではじけて、窓の外でひょっとして誰かに聞こえてしまっているのだとしても、それでもいいやと思えるのがはなうたの不思議。僕らはこんなふうに「水滴にうたわされる」なんてことがあるんですよね。
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